





追原庵
必見口コミ!
奥州白河は「日本四大そば処」ひとつにあがると言われている。江戸期265年間に数えられる四大飢饉は、寛永・享保・天明・天保。その中で凡そ5年続いた天明の大飢饉の最中、白河藩主松平定信公(楽翁)が河内(現・西郷村)にお忍びで寄られてその折、追原の地でそばを召し上がりその味を絶賛したと言う逸話がのこされていた。楽翁は蕎麦が冷害や旱害にも強く生育期間の短い作物として栽培されていた歴史から蕎麦を飢饉を凌ぐための食料を備蓄することを奨励したとするならば白河が日本四大そば処のひとつに数えられているのも頷ける。ドライブ中、ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。鴨長明が生きた鎌倉時代。方丈記。天災飢饉の記述が頭に浮かんだ。13時過ぎ渓谷沿いのお店の前の駐車場。入店すると"いらっしゃいませ"おばちゃん達が声をかけてくれた。先客はご夫妻とライダー二人。壁に掛けられたメニュー。もりそば、ざるそば、とろろそば。勿論もりそばの大盛りを注文。スルスルスルとなめらでモチモチとした食感と蕎麦の香り。あぁ来てよかった。ごちそうさまでした。お会計時におばちゃん達とショートトーク。会津若松への近道や甲子温泉のことについてお聴きすることができた。追原そば生産組合のお店を後にして、ちょっと日帰り温泉に入湯したいと思い下調べをしていた源泉湯宿を守る会会員の宿 みやま荘に足を運んだが本日の日帰り温泉は終了との立て看板。仕方なく白河市街に戻る。途中 座頭ころばし展望台から雄大な景色を楽しむ。
そば(蕎麦)
福島県 西白河郡西郷村鶴生由井ケ原178-2



























































































